認知症はバーチャルリアリティ(仮想現実)です。

少なくとも認知症の方に対する僕たちにとっては仮想でも現実でもない作り話や異常行動でしかありません。

ただ、本人にとっては現実なのです。

 

昔の話ですが、おばあさんが一人、ショートステイに来ました。

日中はニコニコとしてたのに日が沈み始めると一転。帰る帰るの大立ち回り。

理由は、ご飯を作らなくては…に始まり、鍵を閉め忘れたから、客が来るから、両親が来るから…まぁ次から次へと出てきました。

結果的に真っ暗になって根比べに負けたおばあさんは眠りにつくのですが…

 

こんな昔話なのですが、今思い返すと反省材料がたくさんあります。

まず、認知症だからあれこれ作話しているのですが、その前に作話に至るほどその人のなかに存在していた「帰りたい」という思いにもっと目を向けてやれなかったこと。

そして、それを認知症による周辺症状である「帰宅願望」ととらえてしまった点です。

認知症の人の脳内世界は目まぐるしく変化します。

昼間にみんなで大笑いしたことがあっても、夕方に人が少なくなってくるだけで私も帰らねば!という思いで支配され、昼間のことなんてどこかへいってしまいます。

そして、なんとか悪魔の門番のような奴ら(介護職員)を出し抜こうとあれやこれやの話が出てくるのです。

介護職員側は、きつかったり、やんわりだったりは様々ですが現実を突きつける、もしくは嘘をつくケースが大半だと思います。

そして、その理由は利用者を納得させたいんではなく、諦めさせたい、忘れさせたい場合がほとんど。

認知症とはいってもそこは百戦錬磨の老人ですよ。そんな思惑では通じません。逆に見透かされてしまいます。

この人は嘘つきだと思われたら、もう言うことは聞いてくれません。

僕は現実を突きつけるよりは嘘をつくのですが、その嘘のひとつが「相手の世界に飛び込む」ことなのです。 相手の世界の住人になってしまうのですよ。ラダトームやアリアハンの住人みたいに。

間違いなく嘘なのですが、相手からすると自分の世界観と同じ場所に存在する人間というわけです。 それも帰宅願望を落ち着けたいからだけではなく、まずは相手の感情の原点を知りたいからなんですね。

そうして相手の世界の中で話をしていると、不思議と落ち着いたり、急に僕のことを信頼してくれたりします。 この人は私の話を聞いてくれる人だと思ってくれるのでしょうか。すると特にこちらから話しかけたりとかしなくても、不安になることがなくなります。

本人にとっての現実に、空想とわかっていながらもその奥の、そうさせる素を探しに飛び込む。 これがバーチャルリアリティです。

認知症だからその周辺症状として「黄昏症候群」や「帰宅願望」が出た。だからそれを抑えようとするのではなく、そもそもの不安を探りに行くのです。

60年も70年も夕方5時には夕飯を作らなきゃ…という生活をしてきた人からそれを取り上げ、急に「もうその必要はない」と言ったところで逆効果なのですね。

 

時間は必要ですが、そもそも関係構築には時間がかかるものだし、ギャーギャーと押し問答繰り返して事態を悪化させるといった無駄な時間を使うくらいなら、僕は相手の世界に飛び込んでその人を理解しようとする、その人の信頼を得るという素敵な無駄に使ってほしいと思います。